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高知地方裁判所 昭和38年(ヨ)120号 決定 1963年9月05日

債権者 久原清馬

債務者 有限会社 高知消防ポンプ工業

主文

債務者は債権者に対し、昭和三八年九月以降昭和三九年八月まで、毎月末限り金一万五、〇〇〇円あて(合計金一八万円)を仮に支払え。

(裁判官 渡邊昭)

別紙

申請の趣旨

債務者は債権者に対し、昭和三十八年八月以降昭和三十九年七月まで、毎月末限り金二万円あて(合計金二十四万円)を仮に支払え

申請の理由

一、(当事者の職業及び身分)

債権者は高知市北奉公人町の共和印刷株式会社に勤務する当年五十六才の職工、債務者は肩書住所に本店を置き消防用品の販売等を営む法人、申請外井上宏は債務者に雇われ、外交販売及び自動車運転を業とする者、申請外中山慧喜は右井上の友人で高知市追手筋の有限会社浜田ポンプ商会に勤務する店員である。

二、(事故の発生)

昭和三十七年十二月一日、申請外井上は、社用で中村市より高知市の本店に帰るべく、債務者所有のトヨペツト五九年自家用普通貨物自動車(高四す三一四四)に友人の申請外中山を同乗させ、これを運転して吾川郡伊野町まで来たが、ここから高知までは疲労のため便宜運転を申請外中山と交替してもらつた。

ところが、右中山は当時酒に酔つており、運転技術も拙劣(無免許)であつたに拘らず、時速五〇キロ以上の高速で漫然進行したため、翌二日午前一時十分、高知市旭町二丁目六〇番地地先の国道上において、折から国道を北から南に横断中の債権者を車体前部ではね飛ばし、因つて同人に加療一ケ年以上に及ぶ頭部内出血、顔面裂傷、両足複雑完全骨折の傷害を与えるに至つた。

三、(賠償責任)

本件事故は右のように、債務者の運転手である申請外井上が債務者の事業執行中に、債務者の自動車を申請外中山に運転させたことから生じたものであるから、自動車損害賠償保障法第三条により、自動車保有者である債務者は、被害者である債権者に対して、損害賠償をなすべき義務がある。

四、(賠償額)

債権者は事故後直ちに市内北与力町の中の橋病院に収容され手当を受けたが、両足関節が粉々に破砕されているため、再度の手術もかいなく、現在においてもなお起き上ることさえできず、目下のところは退院の見通しがたたない。

このため、入院以来の収入(従来の平均は月二万円)が全然得られないので得べかりし利益の喪失額は既に金十四万円を下らないが、今後なおこの状態は少くても一ケ年以上は継続し、物的損害額がますます増大することは確実である。そこで、これに債権者の有する多額の慰謝料請求権をも考慮すると、債務者が債権者に支払うべき賠償額はひくく見積つても金百万円を下ることはあり得ない。

これに対し、債権者は今日に至るまで債務者より一言の挨拶もうけておらず、僅かに自動車損害賠償責任保険の仮渡金として金二万円及び申請外中山よりの見舞金として合計金二万五千円を得ているのみである。

五、(保全の必要性)

債権者は借家住いの低賃銀労働者で、格別の資産も貯蓄も有しない。家族には妻鶴寿(五三才)、長男孟(二十六才)、長女佳子(二十四才)、次男賢三(二十才)、次女昌子(十八才)、三女加代子(十四才)、があり、本件事故前においては、妻は菱一商事株式会社の職工(月収一万五千円)、長男、長女、次男はいづれも債権者と同じ共和印刷の職工(月収一万円前後)として働いていた。

ところが、本件事故後長男は前途を悲観して身を持ちくずし、会社に多大の金銭上の迷惑をかけて行先不明となり、このため長女も兄の債務で居たたまれなくなつて会社を辞して現在就職先を探しており、また妻は債権者の看護のため終日病院に附添う必要があるので、事故以来欠勤していて、全くの無収入者となつている。

したがつて、債権者一家の生活費と入院費は、目下のところはわずかに次男(共和印刷)の月収一万一千円と三女(丸美屋)の月収九千四百円以外に求めるところはない。この結果、債権者はこのままでは充分な治療を期待することは不可能であり、たとえ後日において損害賠償の本案訴訟で勝訴判決を得たとしても、その時には既に時機を失するうらみがある。

それ故、本件のような急迫な事情下において、債権者が著しい損害を避けるためには、いわゆる断行の仮処分命令により救済を求める以外には方法がない。そして債権者は、少くてもあと一年の療養を絶対的に必要とし、その間ひきつづき従前の月収(二万円)を確保することが生存のための最低条件であるから、同人には本件申請の趣旨に記載の仮処分命令を求めるべき必要性がある。

六、(備考)

附言すると、本件仮処分の被保全権利は、既に述べたように、債権者が債務者に対して有する損害賠償債権であるところ、民事訴訟法第七六〇条但書には「但其処分ハ殊ニ継続スル関係ニツキ………」とあつて、恰も同条は「係争ノ権利関係カ数回ノ行為ヲ目的トシ、若クハ占有ノ状態ヲ維持スルカ如キ、其性質ニ於テ継続スルトキニ於テ許サレル」(大判明三九、一一、二八)と解されるおそれがある。

しかし、この種仮処分の許容されるのは、単に右のよりう継続的権利関係のみに止らないことは同条の「殊ニ」の文字からも窺えるところであつて、本件のような一回限りの給付にかかる損害賠償債権も、当然にこれが対象となり得ることは、多くの学説の認めるところである。

七、(申請)

よつて申請の趣旨に記載の仮の地位を求めるため、本件申請に及ぶ次第である。

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